2010/07/02

高麗美術館の「浅川伯教・巧が愛した朝鮮美術」を観る。植民地朝鮮に暮らし、ハングルを学び、民族衣装を纏い、陶磁・木工家具など朝鮮民衆が使用した生活品に美を見出したその活動は刺激的で、自分は朝鮮陶磁の面白さについてはピンとこなかったものの、リスクを顧みず誰も見向きもしなかったものを評価する活動には興味を惹かれる。柳宗悦、河井寛次郎が同じ時代の人だというのも初めて知った。

夜、岡田斗司夫「いつまでもデブと思うなよ」を読了。欲望と欲求についての考察がつきささる。
太っている人は、常に頭だけの食欲に忠実に生きているが、体からの食欲には無頓着だ。何が食べたいという欲求はもちろん、空腹・満腹のサインすら無視しているのだ。頭が発する欲望のみに忠実に生きる、欲望人間といえる。
逆に、スリムな人は、体の食欲に忠実に生きている。いくら好きなものでも、お腹一杯だと食べられない欲求型人間だと言える。欲求型人間とは実は食べ過ぎや空腹という、体からの不快なサインに、非常に弱い人だとも言える。こういう人は、あらゆる体のサインに敏感で、体が訴える苦痛に弱い。欲求の言いなりになりやすい人とも言える。欲求型人間も、良いところばかりではないのだ。
欲望型人間は逆に自分の欲望に振り回されやすい。しかし常に自分の欲望を自覚し、仕事にもプライベートにも積極的な人が多い。
欲望型と欲求型、どっちがいいというわけではない。社会にはどっちも必要だ。が、ことダイエットにおいては欲求型のほうが圧倒的に有利な立場なのは確かなのだ。
両方の立場を経験しておきながら、浮かれることのない著者の視線。そして、ああ、自分は欲求型人間だなあ。と思う。

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